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会計係

会計係 解題

 

タラションコル・ボンドパッダエの初期の作品。『新雑誌』ベンガル暦1342年マーグ月号(西暦19361月出版)に掲載されました。

 

作品の舞台、マーンブーム県は、英領時代には、現在の西ベンガル州の西部辺境地帯のプルリア県とボルドマン県西部に加え、ジャールカンド州(旧ビハール州の一部)の東部を含む範囲を占めていました。この地域の中心地、ダーンバード、アサンソール、ラニゴンジュなどは、インドの石炭産業のメッカです。タラションコルは、結婚後しばらく、彼の妻の実家が経営するこの地域の炭鉱管理の仕事に携わっていたことがあります。また、彼の回想記に、この時期、彼の父方の従兄のもと、ビハール州の耐火煉瓦工場に滞在していた、ともあります。こうしたマーンブーム県での体験をもとに、彼は他にもいくつかの作品を書いています。

 

小品とはいえ、インドの近代化・工業化が伝統社会に及ぼす影響の一端が、管理主任と会計係の間の世界観の断絶、主任による会計係の生活空間や慣習の侵害、等の記述を通して、会計係に同情的な立場から丁寧に描かれています。タラションコルの重要なテーマのひとつで、後期の長編作品では、より大きな歴史的広がりの中で扱われることになります。




会計係

タラションコル・ボンドパッダエ

 

マーンブーム県の耐火煉瓦工場の宿舎である。瓦屋根の、長屋のような横一列の平屋住宅、前に列をなして支柱が並ぶ細長いベランダ――そのベランダにすわって、作業員たちは皆、事務所に出勤する準備をしていた。冬の朝、6時半に工場のサイレンが鳴る。オッシニは紅茶を飲む習慣がないので、温めたミルクを器からちびちび飲んでいた。ビカリは屋外での作業に備え、青い色のズボンを穿き、靴下を捜していた。若いボディは毎日25回腕立て伏せをする習慣で、ちょうどその11回目を終えようとしていた。老いぼれ職工のショシは、昨夜食べ残した肉の脂肪の部分を呑み込んでいた。ちょうどその時、工場のサイレンが鳴ったのだ、  ボー ボー ボー ……

仕事の開始を告げる合図に間違いない。間をおいて繰り返し響く。誰もが取るものも取りあえず駈けた。管理主任は新任で、白人顔負けの厳格さだ。彼が決めた新しい規則では、6時半のサイレンが鳴ってから5分以内に、全員事務所まで来て、出勤簿にサインしなければならない。たとえ1分でも遅れると、半日の欠勤とみなされるのだ。若いボディは11回目の腕立て伏せを終えると、跳び上がって言った、奴隷制(スレイバリ)だ、まったく! 彼は慌てて上衣を一枚手に取り、外に出た。

事務所に来て見ると、そこはまさに戦場さながらだった。測量技師は会計係に言っていた、フー・アー・ユー …… 何様だ、おまえは? ホワット・ライト …… 誰がおまえに、サイレンを鳴らす許可を与えた? フー・アー・ユー?

ボディが時計の方に目を遣ると、6時半までには、まだ5分、間がある。つまり、ほとんど10分前にサイレンを鳴らしたのだ。彼の頭は血でのぼせ上がった。彼は拳骨をふりかざし、会計係に面と向かって叫んだ、どこの、馬の骨が!

どうしたんだ、みんな? 新任の管理主任の声である。

同時に皆がしーんとなった。年老いた会計係は安堵のため息を漏らした。彼はやや気負い込んで言った、旦那、昨日から仕事がたくさん残っておりまして、汽車への積み込みもまだですし、10番炉では ……

主任は遮って言った、そんな報告を聞きたいんじゃない。私が知りたいのは、この騒ぎはいったい何のためか、ということだ。

会計係は言葉を失った。彼は、焦点の定まらない目を、呆然と見開くばかりだった。測量技師が皆の中では一番の上役になる。彼は前に進み出て言った、旦那、昨日からの規則では、朝6時半から仕事を始めること、それに5分以上遅れると半日分の給料が差し引かれる、とのことでした。旦那、冬の寒い日です、なのに会計係が来て、620分に――つまり10分前に、サイレンを鳴らすよう指示したんです。私たちは、誰もまだ朝食が済んでいません、旦那、口につけた紅茶もそのまま、飛んで来たんです。

主任が時計の方を見ると、6時半にはまだ2分の間がある。自分の腕時計の方も見遣ったが、それも同じ時間を指している。主任は言った、よし、30分仕事をして、自分たちの部署を始動させるんだ。そのあと、皆、宿舎に戻って食事を済ませなさい。7時から7時半まで、今日は休憩時間とする。さあ …… さあ、さっさと仕事を始めて!

2分のうちに事務所は空っぽになった。会計係は自分の席についた。

主任は言った、あなたが、10分前にサイレンを鳴らすよう、指示したんですか?

昨日から、仕事がたくさん残っておりまして、旦那 …… 汽車への積み込みもまだですし、10番 ……

痺れを切らして主任は言った、そんなことはわかっている。私が聞いたことに答えなさい。

呆然と目を見開いて主任の方を見つめると、会計係は答えた、はい、旦那。

どうしてです? 鉦やサイレンを鳴らすよう指示する責任は、あなたにはないでしょう。

昨日から、仕事がたくさん残っておりまして、旦那 …… 汽車への積み込みもまだですし、10番炉では ……

あなたは、工場の主ですか?

いいえ、旦那。

今日のことは大目に見ましょう。だが、二度とこんなことがないように。

主任はドタドタとその場を離れた。冬の日だと言うのに、会計係は、気の毒にも汗を流していた。額からその汗を拭うと、彼は自分の務めに取りかかった。現金箱の上に一礼すると帳面を広げた。

 

会計係、この金をおれに、今すぐ出してくれよ。

倉庫部の使い走りが、一枚の引換証を彼の前に放り投げた。主任のサイン入りの引換証で、110ルピーの出費である。

こんな大金、いったい何に使うんだ?

稲藁を買うんだよ。

ふむ …… ちょっと待ってくれ、確かめて来るから。

引換証を携えて、会計係は主任の部屋の入り口まで来て立ち止まった。(とばり)を押し分けて部屋に入るのが怖くて、いったんは引き返した。だが再び戻って来ると、外から声をかけた。    

旦那 ……

お入りなさい。

この引換証の代金ですが ……

主任は彼の顔を見つめて言った、金が足りないんですか?

頭を掻きながら会計係は言った、いえ、そう言うわけではないんですが ……

それで? 今日、何か、大きな出金があるんですか?

いいえ。渡していいのかどうか、聞きに来たので。

驚いて会計係の顔を見つめると、主任は言った、何ですって …… ホワット・ドゥ・ユー・ミーン? 引換証にサインをしたからには、渡すように言ったのと同じでしょう。

一礼(サラーム)すると、会計係はすぐさま部屋の外に出た。主任は揺れる帷の方を見つめて言った、愚か者めが(イディオット)

現金箱を開き、金を数えて使い走りに渡すと、会計係は言った、サインしろ。

使い走りはサインした。金を受け取って立ち去ろうとしていた彼に、会計係はだが声をかけた、おいおい、ちょっと待て!

何だよ?

ちょっと待てよ。間違いがなかったか、もう一度確かめたいんだ。

数え直して確認すると、会計係は帳面にその額を書き込んだ――倉庫の経費。書き終えると主任の部屋に向かった。

旦那!

どうぞ。で、何です? また、何かあったんですか?

はい。稲藁の代金を渡しました。

主任は唖然として会計係の顔を見つめた。会計係は一礼して退出した。

 

正午のサイレンが鳴った。水浴と食事のための、1時間半の休憩時間である。宿舎に戻ると、会計係は、いつもの習慣で、脱いだ靴を揃え、部屋の真ん中に置いた。そうして上衣を脱ぐと、水差しと長手拭いを手に、ベランダの3番柱の、上に蔽いがある一角にすわって、身体に油を塗り始めた。その向こうで油を塗っていた倉庫係が尋ねた、ボディ(ダー)、新しい主任は、どうだね?

会計係の名前もボディである。彼は答えた、いい人だよ、有能な人だ。書類を書く時なんか、すらすらーっと、まるで水が流れるように、手が動いていたぜ!

バケツと水差しを手に、会計係は立ち上がった。長いベランダには、水を確保するために、各室の前に一つずつ、鉄製の桶が置いてあった。会計係は、ひとつひとつの桶から、水差しに二杯ずつ水を汲み取って、自分のバケツをいっぱいにした。その後、正面の空き地の南西の隅にある石の上で、水を浴び始めた。

その時、反対の方角から、主任が部屋を見に入って来た。部屋部屋をすべて修理して壁を白塗りにするための、手筈を整えていたのだ。会計係は水浴を終えると、戻って来て部屋に入ろうした、栄えあれ、カリガート [南コルカタにあるカーリー女神の聖地] の母神様!

慌てふためいて長手拭いを身体に巻きつけた。部屋の中に主任が立っている。

これはあなたの部屋ですか?

はい、旦那。私とゴビンドのです。

しかし、何と言う置き方をしているんです、この寝台? 一つが南北を向いて、もう一つが東西? おい …… おい人夫、この寝台の向きを変えるんだ …… 南北向きになるようにしろ。おや、何てこった! 部屋の真ん中に、靴?

こう言うと、主任は、自分の足で、一対の靴を一方の端に押しのけた。新しい手配を済ますと、主任は人夫たちを引き連れて退室した。動かされたのは会計係の寝台のほうである。彼はしばらく呆然と佇ちつくしていたが、手拭いをまとったまま急いで部屋の外に出た。主任はその時、職工のショシの部屋にいて、床の上のタバコ葉の燃えかす、壁にこびりついている手で拭った油の跡や肉料理のウコンの飛沫を精査していた。ショシのズボンの尻にまで、ウコンと煤の染みがついていた。

旦那!

主任が振り返ると、会計係である。

何ですか? まだ着替えていないんですか、あなたは? さあさあ、着替えていらっしゃい!

旦那! 今日で14年間、あの向きに寝台を置いてきたんです、旦那!

主任は唖然として口を開いた、何ですって?

私の寝台です ……

不意に怒りがこみ上げてきて主任は言った、ダメだ、ダメだ。あんた一人のために、他の人が迷惑になるようなことは、できん。

会計係は、戻って来ると、部屋の中で呆けたように佇んでいた。同室のゴビンドは、水浴を終えて髪を梳かしていた。彼は言った、着替えなよ。

ちょっと、寝台を持ってくれないか、おい、兄弟。

ゴビンドはまことに人が良かった。彼は言った、でも、主任が ……

その時には、会計係は、もう寝台の片側の端を握っていた。

まったく、この工場に来てからと言うもの、ずーっとこの部屋で …… この寝台で …… この東向きの枕で寝てきたんだ。それを変えるわけにはいかないんだよ。

ゴビンドはそれ以上反対しなかった。寝台の反対側に回って、その端を持った。

寝台を動かして元の位置に戻すと、会計係は、さっそく、一対の靴を取り上げて部屋の真ん中に運び、そこに鎮座させた。

夕暮れ時に、会計係が戻って部屋に入るや、ハッと立ち竦んだ。続けてむかっ腹を立てて言った、バカな。ここからおれを、追い出そうって言うのか! おい! おれの水煙管を、誰が下に下ろした?

ゴビンドが言った、主任だよ。夕方、また現れたんだ。水煙管をここに置くなって、強く言われた。寝台の向きを変えるのは仕方ないとして、窓際の水煙管と部屋の真ん中の靴――この二つはやめるように、ってな。

靴を部屋の真ん中で脱いでそこに置くと、会計係は大きなため息を一つついて、寝台の上に腰をおろした。再び立ち上がり、彼は靴を部屋の隅に置きなおした。

 

次の日の朝。会計係は、時計の側に椅子を置いて、何かに忙しかった。靴音を耳にして見上げると、主任が自分の腕時計を見ながら歩いている。

その日、もう一人の会計士のオッシニが、主任に帳簿を見せていた。帳簿を見て主任は言った、何だこれは? 何という字だ? それに、ここで線が始まって、終わりが5センチも曲がって、ここか? 何てことだ!

オッシニは言った、会計係は、目が悪い上、メガネをつけるのもいやがるんで。目が悪くなる、と言って。

主任は声を上げた、おい、誰か! 会計係を呼ぶんだ。

会計係は入室すると一礼して待機した。主任は言った、あなた、いくつになります?

60歳です、旦那。この会社で、ずーっと40年間勤めて、この工場には14年になります …… そもそもの始まりから、ここがまだ荒野で、人も恐がって近寄らない ……

ついに我慢しきれなくなって、主任は口を挟んだ、わかったわかった、そのことではない。この歳になって、目も悪いのに、なぜメガネをかけないんですか? ほら、何ですか、これは! あなた、こんな調子では仕事になりませんよ!

わかりました、旦那! メガネをかけます、旦那!

会計係は退室した。またしばらくしてやって来て、

旦那、午後、もし休みをいただければ、旦那。アサンソールに車が行きますので ……

途中で遮ると主任は言った、わかりました。

夕方、メガネをかけた会計係が、部屋から部屋へと、皆に披露して回った。

はっきり見えるようになったぞ。どうだい、なかなかのもんだろう? 1234

屋根瓦を支えている木片を数え始める。

 

数日後。主任は会計係を呼びつけて言った、

たいへん残念ですが、会計係、あなたの仕事は、これまでです。つまり、会社から、あなたが退職するよう勧告する手紙を、送ってきました。英語のできる会計士を置くことになります。それに、考えてみてください、あなたも、ずいぶん長いこと、この仕事をして来られた、そろそろ後進の者に、席を譲ってはどうでしょうか? 代わりとなる人も、もう到着しましたので。

言い終わると、会社の手紙と退職届けを彼の手に渡した。

これに、サインしてください。ええ、会社はあなたに、三ヵ月分の給料をボーナスとして支給することにしました。

会計係はポカンと口を開けて見つめていた。

主任は彼の手にペンを持たせた。

ここにサインしてください。はい、そして日付を書いて …… 日付を。

会社の残金の手渡しも終わった。会計係は広げて見せた――3,022ルピー、半ルピー貨が一枚、2アナ(8パイサ)貨が一枚、紙にくるまれた半パイサ貨。

主任は、彼の報酬の支払いを終えると、言った、

会計係、どうか落胆しないでいただきたい。考えてもみてください、あなたもずいぶん歳を取られた。それに、あなたはたいへん情け深い心をお持ちだ。その心をこめて、神様をお呼びになれば、多くのことが成し遂げられようというものです。

会計係は答えた、はい、さようですな。それでは ……

 

社員たちは、だがこんなに簡単に別れを告げはしなかった。彼らはお別れ会を催し、ご馳走を用意し、彼の首に花環をかけた。参加者の多くは、目に涙を浮かべた。

翌日の明け方、何人かの人夫が会計係の荷物を頭に載せて駅に向かっていた。そのしんがりに会計係、その目には例の新しいメガネ。会計係が不意に声を上げる、おや、今日はまだ、サイレンを鳴らさないのか?

人夫は言う、まだ早いですよ、旦那。この汽車が行って、その後でしょう!

会計係は思い出した。そうだ、その通りだ、まだ6時半になっていない。6時半の汽車に乗って、彼は去るのだ。会計係は、ひとたび、背後を振り返って見た――工場の煙突からはもくもくと煙が上がっている。彼は視線をもとに戻した。大きくため息をつき、寂しげな笑みを浮かべると、自分に向かって呟いた、神様がいらっしゃるさ。

と同時に、その視線はおのずから、空の方へ釘付けになった。だが、どこに空があると言うのか! メガネを通した明瞭なまなざしの前にも、そこには煤煙、また煤煙が広がる――あの工場の、煙突から吐き出される煤煙に覆われて、空はどこかに、姿をくらましてしまったのだ。



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プロフィール

bengaliterature

Author:bengaliterature
大西正幸(おおにし・まさゆき)

東京大学文学部英語英米文学科卒。1976~1980年インドに留学。ベンガル文学・音楽などを学ぶ。オーストラリア国立大学文学部言語学科にて、ブーゲンビル(パプアニューギニア)の少数言語モトゥナ語の記述研究でPh.D.取得。名桜大学(沖縄)教授、マックスプランク研究所(ライプツィヒ)客員研究員、総合地球環境学研究所客員教授などを経て、現在は同志社大学文化遺産情報科学調査研究センター嘱託研究員。専門はベンガル文学・口承文化、記録・記述言語学、言語類型論。

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